ひかり

19卒の先輩たちが、ツイッターで就活終了報告をしているとき、20卒のわたしたちが、就活開始報告をしている。夏のインターンはすごく大事でいろんな企業を見た方がいいとか、この夏に成長するとか、先輩や学校や企業広告から何遍も何遍も繰り返し聞かされた。春に行った就活説明会でなんとなく登録した就職情報サイトからは毎日毎日毎日、「本日ラスト」「夏に成長」と銘打ったインターンのメールが届く。企業の戦略だとわかっているのに焦ってしまう。夜、企業情報を眺めていると眠れなくなる。わたしは来年の今何をしているのかどこにいるのか、どういう企業を受けているのか何もわからない。最近ずっと降り続いている雨がさらに気分を暗くする。

大手企業のインターンに応募した。8月の終わりから3週間、短期留学でマレーシアに行くことにした。1番苦手な科目のテスト勉強を2週間前から必死にやって、結局半分も点が取れなかった。それでも、自分が解ける問題が少しでもあったことが嬉しかった。成長していると思った。
遅すぎることは何も無い、きちんと成長しているよと言われて、泣いてしまった。
ひかりがあるんです、絶対に消えない、消させない、小さなひかりがあります。ろうそくの頼りない炎、窓から差し込む西陽、太陽が沈んだから見えるいちばん星、ボロい街灯。
飲み会が終わって、コンビニで買ったピノをみんなで分けて食べた。星は入っていなかったけど、残ったひとつをジャンケンで勝ち取った。
恋愛話がひとつもない飲み会をした。目の前の食べ物をただおいしいと言ったり、音楽に合わせて体を揺らしたり、そういうことばかりした。心が軽い、何も考えなくていい、心地よかった。

今日と明日と

高校時代仲が良かった友達も久しぶりに会った。昼過ぎに待ち合わせをして、遅めの昼食を摂って、服を見て、シーシャを吸いに行った。

昨日の朝、いつもは徒歩で駅まで行くのを時間がないから自転車で行ったら、貧血っぽい症状になってそれからずっと体調が悪い。昼食も夕食も半分くらいしか食べなかった。

 

シーシャを吸いながら、お互いの近況について話す。一年くらい付き合ったけど、あちらの都合で振られた、でも何も思わないと話す彼女は少しふくよかになった。

 

いつまで一緒に居られるかわからないね、でも、今日と明日と、明後日くらいは一緒にいられたらうれしいね。

 

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玄関の扉を開けた時の熱気に、思わずむせ返しそうになった。歩けば歩くほど、肌を焼かれている気になった。冷房を意地でもつけない私鉄の乗客は、全員額にうっすらと汗を滲ませている。大学の最寄駅は、そこから20分近く歩かないと教室までたどり着かない。授業で配られたレジュメが湿気を帯びてしっとりしていた。小太りの教員が冷房のスイッチを入れると、学生は皆安堵して眠りにつく。

 

やりたいことはなんですか、と聞かれて、まあ、楽しいことならなんでも、と答えると渋い顔をされた。もっと具体的にと詰められたが、楽しいことが何なのか自分でもよくわかっていない。

新しいワンピースが欲しい。新しい口紅が欲しい。心が軽くなるようなサンダルを履きたい。明日も頑張ろうって思いながら眠れる枕。過剰なほどの愛情。

 

太陽の光にむせ返る。視界いっぱいのひなたは、目線を落としても迫ってくる。

楽しいことを好きなだけ。わからん。意味もない。

 

プールのにおい

プールで1時間ほど、泳ぐのを習慣化させようと目論んでいる。今日も、唯一あった授業が休講になったので昼から市民プールで泳いだ。家から市民プールまで約3キロあるのだが、結構な坂を越えなければいけないので行くだけでかなりの運動になる。30分くらいかけて行って、1時間泳いで、また30分かけて帰る。近道がありそうなので、今度は別のルートから行こうと思う。

市民プールへ行ったのは中学ぶりで、泳ぐのも高1の夏、授業で泳いだぶりだった。学校の屋外にあるプールは、屋外にあるというだけで汚く思えた(実際、隅の方には藻のようなものが浮いていたし、授業のないときはカラスが水浴びしていたので、相当汚かった)。またさして泳ぐのが得意でないわたしは水泳の授業は三本指に入るくらい嫌いだった。水泳の授業の後は決まって眠くなるし、十分に乾かず中途半端に濡れた髪がほおや首にはりつくのは考えるだけで憂鬱になる。泳いでみても気持ちいいとは思えないし、水着姿を他人に見られるのも恥ずかしかった。

学校の授業では中学も高校も25メートル泳げなかったが、市民プールで泳ぐとすんなり25メートルを泳ぎきることができた。久しぶりの水中も、陽がきらきらとして心地よく、ゆれる水面がきれいだった。少し感動さえした。

蹴伸びでゆったりと波にゆられたり、クロールで全身を動かしたり、10年ぶりにビート板を使って平泳ぎの足の練習をしたりした。1時間も経てば心地よい疲れが全身を包み、熱いシャワーを浴びて、また30分かけて帰った。

家で全身を石鹸で洗って湯船につかっても、腕に鼻を近づけて嗅いでみるとプールのにおいがする。塩素の体に悪そうなにおいがする。

プールで泳いでいる想像をする。水面が揺れている。光が射している。

落陽

寒くなったなと思う。電車から降りて、息をついたら白かった。四コマ終わりにまっすぐ家に帰っても、陽は落ちて夜の空気になっている。

電車に間に合わないからあきらめようとしたかれど、なおちゃんは「走れば絶対間に合うよ」と言い切るや否や駅のほうへ駆けていった。なおちゃんは中学も高校も陸上部だったから、川を泳ぐ魚みたいにすいすい前に進んでいく。置いていかれないように追いかけたけれど、走れば走るほど、なおちゃんの背中は小さくなっていく。それでもなんとか電車に飛び乗ると、一足先に到着していたなおちゃんが「ね、間に合ったでしょ」と笑った。ずいぶん久しぶりにこんなに全力で走った。息は上がるし、冷えた空気が出入りした鼻も痛いし、視界まで滲むし、いいことなんてひとつもないはずなのに、楽しかったから、私もなおちゃんに笑いかけた。ひどい顔だと笑われた私は、走るのが下手だ。

 

この前、走って帰ったら楽しかった。小学生の登下校みたいに、あー、自由なんだなあって思った。中学は制服が息苦しくて、高校は部活にずっと明け暮れていたから、久しぶりの、無垢な自由が愛しかった。

最近、お風呂上りに簡単なエクササイズを始めた。ベビーオイルでのマッサージと、開脚とかのストレッチと、腹筋と、もろもろ。ずっとロングスカートをはいているけれど、スカートのすそからのぞく脚がほっそりしていたら、私がうれしいなあと思って、毎日少しずつ負荷を強くしている。やせて垢抜けたい。都会の少年みたいなひとにあこがれている。

とける

 

久しぶりに1日バイトをしたら、疲れて疲れて、あしが棒切れのようになってしまった。スーパーの飲料品売り場は思ったよりも寒くて冷たくて、シャツ一枚で着たことをすぐに後悔した。おじさんとおばさんの世間話に適当に答えて、小さい子供のいたずらを見て見ぬ振りして、しんどい1日だった。まだ、家につかない。今日初めて会ったおばさんが、今日初めて会った主任の女の人のことを、あの人不倫してるのよ、近づかない方がいいわよ、と言っていて、この、女という底なし沼のような狭い狭いところから、わたしはもう一生出られないのだと思った。

長時間のバイトの日、何度も何度も思い出すのは、彼とからだを重ねた日のことだ。もう切れ切れになった記憶を、なんとか思い起こして貼り合わせて、それっぽいストーリーをつくる。もう夏に入っていたのか、それとも緊張していたからなのか、じっとりと嫌に肌が湿っていた、気がする。わたしも、彼も。なかなか会えない彼を、そうやって記憶の中から引っ張り出して自分を慰めるしかない。寂しいやつだと自分でも思う。うだる夏、とけそうだと言った彼の目が泣いていた。

どうにもならず時が経って、彼と会って、幸せになる。今度は羊を見に行きたかった。馬でもよかった。もこもこした動物に餌を与えながら笑う彼を見たいと思った。それか、ろくろを回すか、絵付け体験をしたかった。非日常を追い求めるのなら、どこまでも先を目指したい。

 

ひとりで生きて

今週、実家に帰る。後期から、大学まで片道2時間かけて通うことになった。面倒だけれど、惜しい気がするけれど、まあ、なんでもいいか、と思っている。生活が少しは楽になるかもしれない。定期も欲しかった。

 一人暮らしを始めてから、体重がずっと増え続けていて、いろんな人に健康的になったと言われるけれど、わたしは最初の頃の体型が良かったなと思っている。実家に帰れば自然と体重も落ちるだろう。

実家に帰れば救われるだろう、彼が帰って来たら楽になるだろう、部活を辞めれば夜も眠れるようになるだろう。いろいろなものを捨てて安らぎを手に入れようともがいている。本当に、大丈夫。

 

悲しくなっちゃった? と聞いてきた彼は、少しだけ笑っている。アパートから見える夕空が綺麗だと思った。絵の具で重ね塗りしたようにぼやけた色をしていた。泣いているのが、彼がいなくなってしまうからなのか、自分の情けなさなのかわからない。そばにいてほしかった。わがままでしかなかった。いつか捨てられると思っていた。それが今でも納得できると思っていた。ひとりで生きていけないような弱い奴じゃないと、ずっとずっと信じていた。

 

楽しいことは確かにあった。自分を必要としてくれる人もいた。洗濯物も干せるし、掃除も少しずつならできる。洗い物は溜めてしまうけれど、自炊も、頑張っている。できていることを考えて、自分で自分の機嫌をとって、さみしくなったらぬいぐるみを抱いて、andymoriを聴いて、目を閉じる。

 

昔できていたことが、最近はできなくなっていて、うまく生きられなくて、不安で、胸が熱くて、息苦しくて、もうずっと閉じこもっていたくなる。でも、本を読むために図書館に行くし、音楽を聴くためにCDショップまで歩くし、生きるために少しずつ、泣いている。

 

ひとりで生きて、ひとりで死ぬのか、誰かと生きて、誰かと死ぬのか、誰かと生きて、ひとりで死ぬのか、わからないけど、わからないから。